はじめに

2024年以降、米国を中心にスタートアップのIPO件数が急増しています。生成AI関連、再エネ、バイオテック、B2B SaaSなど、資金調達を目的に株式市場へ参入する新興企業が目立ちました。日本でもマザーズ(現グロース市場)や東京PRO Marketにて、IPOの回復傾向が顕著です。
しかし、その裏で静かに増えているのが「スピンオフ」戦略の活用です。米国では、GE、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ケロッグといった超大手が次々と非中核事業の切り出しを進め、投資家から評価を得ています。2025年に入り、日本企業の中でも「第二の上場」や「事業独立による成長加速」に関心を持つ動きが目立ち始めました。
本記事では、スタートアップIPOの裏で注目される「スピンオフ」にフォーカスし、経営・資本政策・投資リターンの観点からその有効性とリスクを考察します。
*本記事は05/16/2025現在の情報を元に作成したものです。

スピンオフとは何か?IPOとの違い

スピンオフ(Spin-Off)とは、企業が自社の一部事業を分離・独立させ、新たな法人として株式市場に上場させる手法です。多くの場合、元の親会社の株主が新会社の株式を一定の比率で無償で受け取る形式が取られ、キャッシュの移動が発生しない点が特徴です。このため、アメリカでは「非課税の再編」として利用されることが多いです。
一方で、IPO(新規株式公開)は、企業が外部の投資家に向けて新株を発行・売却することで資金を調達する手法です。IPOは通常、スタートアップや成長企業が資金を得て拡大するために行われ、第三者の投資家を新たに株主として迎え入れる点でスピンオフとは異なります。
スピンオフは、すでに事業としての収益基盤があるものの、親会社の中に埋もれているために市場から正当に評価されていない事業にとって、独立することで本来の企業価値を引き出す機会となります。例えば、GEが医療機器部門をスピンオフした「GEヘルスケア」や、ケロッグ社が食品部門を分離した「Kellanova」などがその代表例です。
一方、Arm (半導体設計)、Instacart (食品宅配)、Stripe (フィンテック)といった企業は、資金調達を主目的としたIPOによって成長を狙っています。目的や資本構造、株主層の変化などにおいて、両者の手法は大きく異なると言えるでしょう。

なぜ今、スピンオフが増えてるのか?

① コングロマリット・ディスカウントの解消
複数の事業を抱える企業では、「成長率・収益性の異なる部門が一括評価される」ことで、株式市場で本来の価値よりも低く評価されがちです。特に機関投資家は、純粋な事業セグメントに投資したいというニーズを持っています。 GEのような例にみると、スピンオフによって「航空・エネルギー・医療」という3つの明確なプレイヤーに分割することで、各々の事業特性に応じたバリュエーションが実現されました。

② 投資家への分配(Shareholder Return)戦略として
スピンオフは配当のように株主還元型の手法でもあります。キャッシュを伴わずに、別会社の株式を「無償で配る」ことで、企業価値の再配分が可能です。ESGの観点からも「透明性」「資本効率」「ガバナンス改革」が進んでいると評価されやすく、近年のアクティビストファンドにも好まれる傾向があります。

③ 非中核事業の「見える化」と資本政策の柔軟性
大企業の中で相対的に埋もれていた事業が、スピンオフによって資本市場で単独評価され、M&Aや資金調達の自由度を持つようになります。日本企業でも、大手グループ内で「単体では未評価」な成長事業が存在しており、スピンオフの選択肢が現実的になってきています。

経営者にとってのメリットと留意点

[メリット]
・事業価値の最大化(複数の評価軸で見られる)
・独立後の迅速な意思決定とガバナンスの明確化
・株主還元・株価評価にポジティブな反応が出やすい

[留意点]
・経営リソース(人材・資金)の分散リスク
・本体とのシナジーの喪失(調達力・ブランド)
・スピンオフ後の株価下落リスク(短期的)

投資家から見たスピンオフの注目点

投資家にとって、スピンオフは隠れた宝石を単体で買える機会でもあります。例えばGEヘルスケアやConstellation Brandsのビール部門(スピンオフ検討中)などは、親会社では十分に評価されていなかったにもかかわらず、上場直後に20~30%の値上がりを記録しました。
特に重要なのは以下の点です:
・スピンオフ対象事業の市場成長性と独自性
・親会社との切り離し後の経営体制と税務の健全性
・IPOではないため、事前の情報開示が限定的である点に注意が必要

おわりに

日本でも、SBIが内製子会社を上場させる「親子上場型」や、三菱商事・KDDIなどのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)による「育成+切り出し」の動きが活発化しています。これからの成長局面では「創る」だけでなく「分ける」ことで企業価値を引き出す視点が求められるでしょう。
経営者にとっても、投資家にとっても、「スピンオフ」という選択肢は、今後ますます現実的で戦略的な武器になるはずです。
弊社では日系企業のNasdaq、NYSE American上場のサポートをさせていただいております。記事をお読みいただき、もっと詳しく話を聞きたいという方は、お気軽に弊社までご連絡ください。
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